2010年10月15日金曜日

世に言う奇怪な物語。

思えばこの嫌なことがあるとすぐにトイレにこもる癖はいつからできたのだろうか。
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないな。この状況をどうやって抜け出そうか。
一応もう一度ドアを開けてこのトイレから出てみるか。
そう思ってドアを開けて飛び出すと、そこにはまた同じ便器があった。


かれこれ何時間も同じようなトイレに閉じ込められている。
いつものように上司に怒られ会社のトイレ一番奥の個室に逃げ込んだ。毎日のようにここにこもっているからこの個室は俺の心の中で俺専用の便器ということにしている。


だから分かる。ドアを開けて現れる便器は俺専用の便器だと。

トイレからトイレへ。それがさっきので6回目だ。

4回目のときに用は足したからもうトイレに用はない。
そろそろここから出してくれ。いや、まあ出ていったところでここより落ち着く場所はないのだが。


そういえば用を足したとき俺は流したっけ?確か流してなかったような…。
便器の蓋を開けてみたがそこには何もない。紙も減ってないようだ。
俺は大量に使うのでトイレットペーパーがこんなに丸々と太ってるはずはない。
俺専用なのは確かだが、全く同じというわけではないようだ。
そうだ。何よりウォシュレットが付いていない。


なるほど。ドアを開けるたびに過去のこのトイレに戻ってるんだな。
そういえば3年くらい前からこのトイレにウォシュレットが付き始めたから…。
今このトイレの外は3年くらい前に戻っているのか?
ふむ。このトイレは俺に3年前からやり直せと言っているのかも。

よし。じゃあやり直してやろうじゃないか。


…と思って思い切りドアを開けたのにまだ外に出られないのか?
しかも今度は違うトイレだ。
これは3年前まで住んでた一軒家のトイレだな。

ああ…このころからか。

一人じゃ広すぎるリビングから逃げ出して、トイレにこもる癖が付いたのは。
妻も息子もいなくなって、トイレが俺の居場所になったのは。


過去に遡っているのは確かなようだ。
それも実際にそのころにいたであろうトイレの。
3年前といえば妻と別れて、仕事にも行っていなかったときだ。
何回トイレのドアを開けてもあの一軒家のトイレが現れる。

ん?待てよ?

もしかしてこのまま1年くらい戻って、つまり4年前まで戻れれば、妻を止めることもできるのだろうか。


妻が別居したいと言い出したのは離婚する1年前だ。
そのまま別居状態が1年続いて、その間、妻とも息子とも一度も会わずに離婚した。
その1年間、2人に会わなかったのは、仕事がちょうど忙しいときで会わなかったというよりも会えなかった。

…いや。それは言い訳だな。
あのとき迎えに行ってれば、何か変わっていたかもしれない。

いや、もうそれでも遅かったかもしれない。
妻を止めるのは、やはりあのときだった。妻が別居したいと言い出したあのとき。

でも、俺も止めようとはした。

妻が新幹線で実家に戻るとき、俺も駅にいたんだ。
妻を止めるため。やり直そうと伝えるために。

ごめんと一言言うために…。

でもそれはできなかった。

そういえばそのときもトイレに行く手を阻まれた。
急な便意が俺から最後のチャンスを奪った。

あのときに戻れたならば…。

いや、戻れるかもしれない。

あのときの駅のトイレに。あのとき男子トイレが満杯で仕方なく入った女子トイレに。
俺はこの後悔しか残っていない一軒家のトイレのドアを開けて飛び出した。



やっぱり!あのときの女子トイレの個室だ!
いま急いで行けばまだ間に合うはず。
やはりこれはトイレが俺に人生をやり直すチャンスを与えてくれたものなんだ。

ここから俺はやり直す。

俺はトイレのドアを開けた。

出れた!

俺はあのときに戻ったんだ。そして女子トイレから飛び出した。妻の元へ急ぐために…。








こうして俺は女子トイレから飛び出したところを警察に捕まり、今取り調べを受けています。

妻と子供は無事新幹線に乗れました。

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